彼女は如何にしてその地に立ったか


「よしっ」
新品のカバンを背負い、女スーラム シャアラは意義込んだ。
傷ひとつないぴかぴかの大冒険者のカバンは、今日、シャアラが買ったもの。
「長かったなぁ……レベル60…」
ここまでの苦難を回顧する。本当に色々なことがあった。
回復を忘れたままどろりの群れに突っ込んで瀕死になったり、ゴッボール戦闘隊長に噛み殺されそうになったり。
そのたびに昏倒してザアップに戻されたものだ。ゴーストになることも多々。おかげで不死鳥の像の位置は覚えてしまった。

そう、このスーラム。『狡猾な暗殺者』という代名詞が裸足で逃げ出すほどに、間抜けだ。
今までに踏んだドジは星の数。些細なミスや失敗はそれ以上。
素早さに特化したダガー使いのクリティカルヒット率に相当すると言っても過言ではない。
それほどまでに抜けている。スーラムの狡猾さは何処へ行ったのか。
そんな彼女がここまで来られたのは、ひとえに彼女が所属するギルドのおかげだろう。

大冒険者のカバンが手に入ったから、何か職業に就こうと考えている、とシャアラは言った。
「それで、職業は何を?」
そう訊ねるギルドメンバーの言葉に、シャアラは弓職人と応えた。
「だって、スーラムは弓も使えないとって寺院の人が言っていたもの」
成程、自分の弓は自分で、ということか。
けれど製作職の習熟は困難だ。製作の技術より自身のレベルが上がる方が先だろう。
自分のレベルに見合った弓を装備しようにも、制作する技量が追いつかなくて誰かに作ってもらう姿が目に浮かぶ。
現に彼女が装備しているそのヒッドサッドの弓は、ギルドの弓職人に作ってもらったもの。
それを指摘され、う、と言葉に詰まるシャアラ。
「せ、製作の勉強メインでやるもん!!」

そういうわけで、シャアラは宣言通りに弓職人の職業を学び始めた。
「弓を作るには木材が必要なのね」
木材なら手配してある。ギルドのエカフリップが木こりなのだ。
「にゃー。頼まれてたトネリコ切ってきたよー」
ちょうどいいタイミングで、シャアラに声がかかる。
ギルド唯一の女エカフリップの娘が指した先には山積みのトネリコ。
「ありがと、シャロン!」
感謝のハグ。ついでに顎の下を擽ってやる。
「んにゃー」
エカフリップの娘はごろごろと喉を鳴らす。さすが猫。
「はっ! ね、猫扱いしないでよ!」
我に帰ったエカフリップが憤慨する。
「やっば、退散!」
「こら待てシャアラあああ!!」
怒りのネコスピリットが飛んでくる前にひらりと回避……
「インビジで隠れ「感知っ!!」
……出来なかった。

気を取り直して、再び銀行前。
「…それで、この量、大丈夫?」
目の前には大量のトネリコ。果たして運べるのだろうか。
「いけるでしょ」
心配するエカフリップをよそに、シャアラは木材を受け取る。
カバンに詰めたたくさんの木材。あとはこれを作業所に運べばいい。
「よっこいしょ……」

みしっ

カバンを担ぐ。はずだった。トネリコの超重力が肩にかかる。
「…………………………」
カバンを背負おうとした格好のまま固まるシャアラ。その顔には一言、やばい、と書いてある。
「…………ねえシャロン」
「にゃに?」
「悪いけど、作業所まで運んでもらってもいい?」
やっぱり、と苦笑してシャアラの代わりにトネリコを担ぐ。
シャアラが要求した量をそっくりそのまま難なく持ち上げた。
「レッツゴー作業所!」
ザアッピに走るシャアラ。さっきまでポッズオーバーで顔面蒼白だったとは思えない元気さだ。
そういう省みないところが次の失敗に繋がるんだろうなと考えながら、エカフリップもまたザアッピに駆けた。

「弓っ、弓っ、小枝のっ、プ・チ・な〜〜弓っ」
変なメロディーの歌を口ずさみながら、シャアラはトネリコの木を削っていく。
「小枝のプチな弓じゃなくて、小枝のプチ弓でしょ」
というツッコミは無視。正しい指摘だけども無視。こういう細かいことを気にしないところが次の失敗に以下略。
「よし削り終えた!」
フレームは出来上がった。初めて作ったにしてはなかなか上出来ではないか。
「あとは弦を………………ああああ!!!」
しまった、とシャアラは声を上げた。いきなりの大声にエカフリップが、にゃっ、と短く悲鳴を上げた。
「リネンの紐…ないぃぃぃぃいいいい!!!!」
弓職人の技を教えてくれた人が言っていたではないか。木材以外にもリネンの紐も大量に要るよ、と。
木材ばかりに気を取られて、すっかり失念していた。
「だろうと思ってたわ」
うろたえるシャアラに、苦笑じみた声が降ってきた。
「あ、まま」
エカフリップが呟いた。シャアラが目を向ければ、そこには通称ギルドの女王様のクラ。
その足元にはエニリプサの少年が這いつくばっているが見ないふりをしよう。
「リネンの紐、持ってきたわ」
小麦粉と交換して揃えてきたというリネンの紐をシャアラに渡す。どっさりと積まれた紐の山。
「これで足りるかしら?」
この量ならこの大量の小枝のプチ弓に弦を張れるだろう。
むしろ逆に、紐の方が余ってしまうかもしれない。
「ありがとう、女王様!」
「どういたしまして」
にこり、と女王様が微笑む。
「それにしても、リネンの紐にこんな使い道があるなんてね」
誰がギルドのリーダーか知らしめるためにあるものだと思っていたわ、と一言。
「はは……」
本気か冗談か解らない一言に乾いた笑いを返す。
「ともかくありがとう、二人とも!」
きっとこれからも世話になる。この母娘には頭が上がらないだろう。
「頑張ってねー」
木材ならいつでも切ってくるよ、とエカフリップ。
「リネンの紐は任せてちょうだい。いつでも用意してあげるわ」
ただし、と続ける。
「欲しいなら……わかるわよね?」
這いつくばってワンと言え。にっこりと笑うさまは女王様のそれ。
「わ、ワン!!」
「よろしい」
満足そうに女王様が頷いた。その足元では相変わらずエニリプサの少年が這いつくばっている。
「じゃ、私はヘスク洞窟に行くから」
紐はまた後日ね、と女王様。近いうちにまた大量のリネンの紐が山積みにされるのだろう。

クラとエカフリップの母娘を見送って、シャアラは再び作業台へ向き合う。
「よっと………」
山積みのリネンの紐を1本ずつ丁寧に小枝のプチ弓に張っていく。
長い時間をかけて、すべての弓が完成した。
「少しぐらいは弓職人の道を進めたかな?」
小さな手応えを感じつつ、完成した弓を近くの宿屋へ持っていく。
作りたてのこの弓たちがちゃんとした出来なら、それなりの値段で買い取ってくれるはずだ。
どうだろうかと不安と期待に胸を膨らませ、宿屋の主人に弓を見せる。
「うん、いい品だな。これなら買い取ろう」
「やった!!」
そうしていくばくかのカマを受け取る。これでまたトネリコの木材を用意してもらおう。
また運んでもらうことになるだろうなだとかリネンの紐も用立てて貰わないとだとか、思考を巡らせながら宿屋を出る。
さて、一通り製作の勉強も終わったし、何をしようかと考えがそこに移りかけた時――
「うわっ!!」

側溝に足を滑らせた。