あるエカフリップの話をしようか。

そのエカフリップの男は家庭を持っていた。
「あなた! この口紅の跡は何なの!?」
「え、あ、っ……あぁ、それはギルドの奴に無理矢理連れて行かれてさ、」
「嘘おっしゃい!!」
くわり、と牙を剥かんばかりの剣幕で、妻が夫に詰め寄った。
「ぱぱ、また風俗?」
もはや日常のような夫婦喧嘩も慣れたものだ。娘がのんびりと欠伸をした。
「そうそう、風俗嬢のリサちゃんが……って何言わせんだ!!」
「ほらやっぱり行ったんじゃない!」
「うわわ、ごめんっ! ごめんって!! だから弓マスターからの爆発の矢は止めくぁwせdrftgyふじこlp」
どかん、と爆発が起きた。舞い上がる爆炎に煽られた埃が娘のヒゲをくすぐる。
「くしゅんっ」
断末魔が響く中、小さなくしゃみをひとつ。

「あれ、また夫婦喧嘩ですか?」
何やらボロボロの状態の男エカフリップにゼロールが声をかけた。
思わずエネルギーポイントの心配をしてしまうほど、手酷くやられている。
「あぁ、いいのいいの。旦那の浮気が原因だから」
さらりと言い放つ。
ゴースト状態目前だが、後であんよパンでも食わせておけばいい。
パン屋の職業を学んでいるので、簡単にパンは用意できる。
「浮気じゃない、愛だ!!」
慕ってくる女の子を大事にして何が悪い。エカフリップは胸を張る。
「あんたまだ懲りないの!?」
「いや冗談だってだから爆発の矢はヒギャンッ」
どかん。本日2回目である。
「よくやるなぁ」
「だよねー」
爆発と断末魔飛び交う夫婦喧嘩を見て、微笑ましげにギルドメンバーたちが呟いた。

そんな日常を過ごして、数日。
妻は悩みを抱えていた。うーん、と唸る。
「どうしようかしら」
旦那の浮気は本気ではない。嫉妬する妻が可愛いからやっているのだと知っている。
知っているが、しかし、こう何度もやられると不安になるものがある。
本当に大丈夫だろうか。冗談が本気になる日が来ないと言えるだろうか。
あの青い目が、他の女を映さない保証は、果たして。
じりじりと胸に沸き上がるものがある。水の底の澱のように、少しずつ溜まるものがある。
夫は今日も遅くなると言う。居場所は予想がつく。
「……よし」
長い時間をかけて、ようやく彼女は決意した。
そこに、ばたん、と玄関の扉が閉まる音。
「ただいまー。今日はゴッボールのもも肉ローストだよ」
猟師の職業を学ぶ娘が、ゴッボールの肉を担いで帰ってくる。
「なんとロイヤルゴッボール!!」
「あら、頑張ったじゃない」
えらいえらい、と頭を撫でてやる。嬉しそうにはにかむ娘。
「ねぇ、猟師のレベル上げ、したくない?」



「……と、いう話をしたの」

がたん、ごとん、ぶつ

「えへへ、立派になったでしょ? ぱぱ、褒めてー」

ぐちゃ、ぶつん、みしっ

「あぁ、今晩の晩御飯はね、ロイヤルゴッボールのローストよ」

みしっ、ぎしっ、がっ

「あのねー、私が捕ってきたんだよー」

ぐちゃ、ぐちょ、ぶちっ

「とっておきのパンも添えて、赤ワインで乾杯しましょうか」

ぶちっ、ごきっ、めきゃっ

「大丈夫、料理の腕はいいのよ。知ってるでしょう?」



「あっ、猟師のレベルが100になったよ!」

「おめでとう、こっちもネコパンが焼けたところよ」



「ほら、あなた。ご飯ができたわよ」