それは、古えより伝わる話。夢物語か真実かさえ定かではない話。
けれども冒険者たちはそれを追い求め続ける。


――昔、イオップの英雄がいてね。彼はドラゴンと戦って、同盟を結んだの。
ほら、夕暮れの河原で殴り合って「お前なかなかやるな」「そっちこそ」とかそういう。
英雄はイオップで、ドラゴンも獣。何か親近感があったのかもしれないわ。
つまり馬鹿ゲフゲフゴホゴホ
彼らは種族を越えた親友だったの。とても仲がよかったのよ。
ある日、英雄はドラゴンにカノジョを紹介したの。
そうしたらドラゴンが怒ってね。…ほら、いわゆる「リア充爆発しろ」ってやつね。
それはもう酷い暴れようだったの。モーピー王がパンツを落としてくれないと発狂していた何処かのゼロールのようにね。
それで、酷く暴れるものだから英雄は命を賭けて止めたの。
…そう、男の友情よりも女を取ったの。
トドメの言葉は「嫉妬乙」だったのかしら。
……それでね、ドラゴンの身体から、魔法の卵『ドフス』が6つ出てきたそうよ。
英雄は「これは神になれるレベルでヤバい代物だ」って、世界の何処かに隠してしまったそうよ。
ものがものだけに、隠し方はとっても厳重だったわ。
浮気の証拠に匹敵するくらいね。
そんなことがあって、長い時間が過ぎた頃、隠していたドフスが消えていてね。
やがてその存在がみんなに知れ渡って…冒険者たちはこぞって冒険に出たわ。
その追求っぷりといったら、「探せ!この世のすべてをそこに置いてきた」状態でね。
グールローの爆発パウダーやらペキの布やらキムボーの靴下やらレベル100のエメラルドターキーよりも、みんな血眼になって探したわ。
それでも見つからなくて……行方不明のまま時間が流れて……


「……それで、今?」
娘の問いに、本を閉じながら頷いた。
だいぶ端折って噛み砕いた説明をしたが、間違ってはないだろう。
「こんなものがぁ?」
膝の上のカリプトスドフスを指して娘は首を傾げる。
透き通った白緑の宝玉は、静かな輝きを放ってエカフリップの膝に鎮座している。
「こんなものが世界を変えられるの?」
「そう。たとえそれがドロップ率20ちょっとしかないクソみたいな能力だったとしても、よ」
ちょっと育てたターコイズターキーの方がはるかに優秀だとか、そんな野暮なことは言ってはいけない。
言ってはいけない。言うなやめろ。筆者涙目。
「こんなのがねぇ……」
へぇ、と鼻を鳴らす。こんなものが世界を変える力があるとは思えない。
「所詮は伝説、ってことかなぁ」
話というものは誇張されるものだ。ゴンフラーブルのように膨らむものだ。
でなければ「世界を変える」と言われるドフスが露店で売られてたりするわけがない。
間違ってもゴミ箱に入ってたりするわけがない。さすがにゴミ箱に入っているところは見たことはないが。
「さぁ。でもそうね、私はドフスを手に入れたけど……爆発の矢を習得した時ほどではなかったわね」
そう回顧する。ドフスを手に入れた時より、爆発の矢を習得した時の方が世界が変わった。
もうそれは「モンスターがゴミのようだ」と高笑いするほどに。
「所詮伝説かどうかは知らないけれど、でも探してみる価値はあると思わない?」
1つ1つは大したことがないものでも集まった時に本来の力を発揮する、なんてことはありがちな話だ。
「ねぇ、まま」
賭けてみないかとエカフリップの娘は言った。ドフスの所持の有無で世界は変わるだろうかと。
「そんなもの、コインの裏表のように簡単にわかるものじゃないわ」
「でもブウォークの群れの隙間を射るように複雑じゃないよ?」
そうかなぁ、と首を傾げる。真実はゾバルの素顔のように解らない。
「どう思う?」
たまたまそこにいた、ギルドの仲間に聞いてみた。
「えっ?」
急に水を向けられたイオップの青年は驚いて顔を上げた。
「うーん、おいらにはわからん!!」
世界の定理がどう、宇宙の法則がどう、だなんて壮大なことは解らない。
そんなこと考えたってきりがない。そんなことよりも戦いに行こう、と彼は言った。
良く言えば単純明快な言葉に、そうね、と頷いて立ち上がる。
「何処に行く?」
「天幕の村!!」
即答。天幕の村は危険だ。まだ戦士として未熟な娘は留守番になる。
「よし、そうと決まればギルドのみんな集めて行こう!」
面子はある程度選ばなければならないだろう。あそこのモンスターは強敵だ。
メットマイマイ絶滅しろ。オトマイ繋がりでキリブリスも絶滅しろ。
「多少ピンチになったって大丈夫!! 一日一回の流血は健康の証!!」
「へぇ」
イオップの言葉に、にやり、と口端を釣り上げた。
「なら巻き込んでいいわね」
容赦なく爆発の矢に巻き込むことにしよう。大丈夫、前衛たちが多少痛手を負うだけだ。
炎の矢で少し焦げたくらい、彼らは平気だろう。
上手に焼けました。
「行くメンバーは天幕のザアップ集合ー!!」
逸るイオップはすでに駆け出している。募集に応えた何人かがザアップに向かうのが見えた。
「まま!!」
呼ばれ、振り返る。娘が何かを放り投げた。
「忘れ物しちゃだめだよ!!」
手に転がり込んだのは、透明な白緑の楕円。
「気をつけてね!」
娘の言葉に頷いて応え、カリプトスドフスを懐へ。
証書からマウントを呼び出して跨がった。ターコイズと蘭のストライプが、カメレオン能力で黒一色に変わる。
「まま! お土産期待してるね!!」
「はいはい」
メットマイマイの殻とかムーペットの詰め物とか、そういうのしか手に入らないだろうなぁ、と思う。
キムボーと戦う予定はないから、靴下は土産にできそうにない。
ラボにいるオトマイをしばき倒してオークルドフスを力ずくで手に入れてしまおうか。
永遠の収穫クエスト? 何それ美味しいの?
いや、それよりも、夫を天幕の村から地上に突き落とせば多額の保険金が……何でもない。


娘は何を土産にしたら喜ぶだろうかと考えながら、マウントを駆ってザアップに駆け出した。