カチンの物語 カチンプロジェクトは鍵となる困窮地帯に取り組み,住民に自分たちを助ける技術を授け, 今までにない公開性を提唱しながらウガンダ北東部の田舎地方の生活を変えてきた。 しかし本当の成功を推し量るのはその持続性だとメイディリン・ブンティングは言う。 メイディリン・ブンティング ガーディアン紙 2010年10月30日付 パトリシア・アシオは13歳で他の生徒より2年早く小学校を卒業することになりそうだ。最後の テストでは,彼女は2番の好成績を収めた。カチンの小地区にあるオグウォロ学校ではこの ような結果は特筆すべきことだ。この結果はアフリカン医療研究財団(Amref)のこの3年間の 活動に負うところが大きい。オグウォロ学校は新品の机,本,教室を得てきた。 小地区に点在するほぼ全ての小さな集落で今パトリシアのような熱い話がある。オムニット では,新しい井戸がエディス・アピアンゴのような,4kmも歩きしばしば水浸しの沼地まで 水を汲みにゆく女性を助けている。アピアンゴは沼地の水が汚れていて彼女の子供を下痢に させたこと知っている。ある時など彼女の小さな息子が瀕死になったぐらいだ。カチン周辺で 新しい水源に喜ぶ女性は非常に多い。彼女らはポンプからあふれるきれいな水が子供達の命を 守ってくれることをよく知っている。マラリアに次いで,不潔な水(とその水による感染症)が 5歳以下の子供達の死因なのだ。 これらは,ここ3年間ウガンダ北東部の田舎で変わりつつある個人の生活の心温まる話だ。 彼らは困窮の5つの点(健康,教育,水・衛生,家畜,統治)に直面する開発プロジェクトの 手法を追った報告や評価を生活に持ち込んだ。 加えて,記者はガーディアンの編集者アラン・ラスブリージャーが2007年10月に プロジェクトを立ち上げ,ガーディアンの読者に寄付を呼びかけてから,経済援助がどれほど なされたかを報告している。バークレーは1万ポンドにのぼる多大な寄付を約束し,ケア・ インターナショナルの協力のもとこのプロジェクトにマイクロファイナンスを導入した。 ファーム・アフリカは農業の専門技術を提供した。我々のチームはこの専門技術とみなさんの 寄付金が2万9千人のウガンダの人々の生活をどのように変えたかを伝えてきた。 150の集落預金・融資組合がカチンに設立されたのを見てみてください。たった8ペンス (100ペンス=1ポンド)の組合員費で始めて,住民は初めて少額融資を受けた。ある人は 小規模な事業を始めるために,またある人は医療費のために融資を受けた。1年で合計 22,482ポンドが貸し出された。 どのように穀物商店が設立され,農民の余剰産物を取引する協同組合が設立され,より 良い価格をつけられるようになったかを知ってください。またどのように農民が新しい 病気につよいキャッサバを扱う訓練を受けたかを知ってください。 7000以上の蚊帳が小さな子供のいる家庭に配布され,村落健康チーム(VHTs)がマラリア 非罹患率の向上,90%という倍加に貢献しました。HIV/Aidsテスト率も4倍弱になりました。 これらは事実であり,寄付者が安心するお金の良い使われ方であるが,このプロジェクト に付帯する要因ははっきりしていて,ジャーナリストが報道するにはなにかしら硬く, このプロジェクトの永続性については批判もある。上に挙げた例の全て達成にはゆっくりと コミュニティの運営能力を引き上げる必要があった。3年にわたって,コミュニティの ネットワークを築いてきた。VHTs,PTA,水源組合,農民グループ,そして住民互助組合などだ。 それらのグループは任命された議長と提供された自転車のような機材とともに訓練された。 VHTsは基本的な診療技術や,どのようにデータを収集しコミュニティに衛生学や 手の洗い方トイレの掘り方などをどのように伝えるかを授かった。それらは開発の本質である。 人々に自分たちのコミュニティをよくする技術を与え,指導力を鼓舞して地方の指導者と パイプを持ち働きかけることだ。自分たちの問題に取り組むコミュニティと関係を築き援助する 活動がカチンで活発だった。その地域は暴力と無秩序を数十年経験してきた。最近の 2003年にロード抵抗軍が一掃されたときに,塗炭の苦しみと疑心暗鬼をぬぐい去った。 このコミュニティの再構築はプロジェクトの永続性の根幹をなすものだった。水源組合は 井戸の継続的な適切な維持と修復をするか決めるようだ。彼らに修復基金のための少額の お金を集めることができるのか?VHTsに5歳児の罹患率を監視できるのか? ガーディアンの特別サイトwww.guardian.co.uk/katineによるこのプロジェクトの日々の 報告は終わりを迎えようとしているが,Amrefはコミュニティの強化のためあと1年滞在 する予定だ。そして我々も周期的にこのカチンプロジェクトが究極的な成功つまり 永続性を達成するかレポートするつもりだ。 このプロジェクトは開発と援助に関する報告について新しい手法を示した。この冒険的な事業の 全ての側面(資金や報告,評価)を公の評価にさらしてきた。加えて,2人のウガンダ人 ジャーナリストがこのコミュニティに入り活動を報告した。その結果は,援助と開発が どのようになされてきたかを,良い面も悪い面もあますところなく詳細に示した。 読者はアモリコットに建設された新しい学校が恐ろしくお金がかかったことも,少しばかりの 賃金カットのときにVHTsがストを行ったことも,新しい井戸の水質に住民が自信をなくした ことも知っている。ウェブサイト閲覧者は厳しい質問をよこし,あからさまな失望と欲求不満 をみせた。カチンの住民は彼らの声を載せ,住民が考えるこのプロジェクトがどうすすむげきかを 説明し,Amref とFarm-Africa のスタッフは今何をなぜ行っているかを説明した。 このウェブサイトはこのプロジェクトの緊張と緩和,浮き沈みの膨大な数の写真を提供した。 かなり大事なことはコミュニティがどのように変われるかという複雑なストーリーを提供する 新しい指標を作ったことだ。この課題はラスブリージャー,いくつかの話は重大だが見出しに 押し上げるほどのドラマ性は緊急性はないと指摘していたが,によって示されたもともとの 野望の一部であった。開発と環境にわき起こる多くの問題に関するゆるやかな動きの話の 詳細であった。どのようにアフリカは増大する人口を養うのか? 数百万の子供が5歳の誕生日を 迎えられないこの大陸でどのように病気の困難さを克服するのか このプロジェクトはパートナーとのユニークな協力を認められいくつかの賞をいただいた。 またその比類無き公開性,それは寄付者がどこで彼らのお金がどのように使われたかを 正確に知ることを望むことに影響するに違いないと多くの人が信じるものだが,を認められ 賞をいただいた。 最後に,このプロジェクトに関わった個人的な思いを述べる。この3年カチンを訪れた 我々の誰しもが心動かされ帰ってきた。誰しもが,われわれの受けた心温まる歓迎や,友好, 困難な中生活する気品などの記憶を携えた。我々の心は出会った子供達の目一杯の喜びに 突き動かされた。目的は集落を変えることだったが,この過程でわれわれ自身が変わった ことに気づいた。カチンよ,ありがとう。