さて、このようにして、八上比賣を目指して『嫁取り競争』の旅行隊が進んでまい りますが、お話は前に申しあげた稲羽の白兎の話と、ひとつになります。 八十神たちが、勝ち誇った気持ちで進んでいかれますと、自分が犯した間違いを 後悔して、泣きながら一心不乱にお祈りしている兎にぶつかりました。八十神たち は 「こらこら兎、何というざまだ。なぜ赤裸になって泣いているのだ。われわれが大 事な『嫁取り競争』をしている道端に、貴様のような奴がいるとは、不都合ではな いか。縁起でもない」 というふうにでも仰せられて、怒られたことと思います。 兎は叱られて、恐縮はいたしましたが、見れば神様たちがおいでになったことで すし、さきほどから後悔をして、一身不乱にお祈りをしておったことですから、き っと助けていただけるに違いないと思って、ありのままをお話して 「どうぞ、お助け下さい」 と、お願いをいたしました。 八十神たちは、兎の話を聞いておられましたが、お互いに顔を見合わせながら、つ ぎのように仰せになられました。 「そうか。それは苦しいことだろう。よしよし良いことを教えてやろう。お前が渡 ってきた浜辺へ行って、何べんも何べんも海の水を浴びなさい。そして、できるだ けたくさんの塩を身体にくっつけなさい。それから向こうの高い山の峰に上って、 風の吹く日向で乾かしなさい。そうすれば、きっと癒るぞ」 兎は〈妙なことを仰せになる〉と思ったのでしょうが、前には自分がワニを騙し たのだし、神様の仰せられることだからと思って 「まことに有難うございます」 と、お礼を述べて、教えていただいたとおりにしました。 もとより嘘のことですから、癒るどころではなく、塩が乾くにしたがって、皮が 風に吹き割れて、痛くて痛くてたまらず、コロコロと転がりまわっては、なき苦し んでおりました。 八十神たちは、どんどん進んで行かれながら 「今頃は兎の奴め、定めし苦しんでいることだろう。いい気味だ。よい退屈しのぎ だ。よい旅の憂さ晴しだったな」 と か何とか仰せられながら、興ぜられたことと思います。 い ちばん後から、八十神たちにひとり遅れて、おいでになった大国主命が、この 兎にお会いになりました。そして、兎をご覧になって 「 兎さん、兎さん、いったいどうしたのですか」 と 、親切にお聞きになりました。 そ こで、兎は正直に、一切をお話申しあげました。大国主命はたいそう驚かれて 「 それは、とんでもないことでした。私の兄弟たちが、あなたをからかったのです。 すまないことをしました。そんなことをしておれば死んでしまいます。早く川に行 って、水で塩を洗い流し、日陰の風の当たらないところで静かに寝て下さい。私も 手伝ってあげます」 こう言って、蒲の穂を取って、それを砕いて綿のようにして、その上に兎を寝かし て、介抱してやりました。 そ れで、兎はすっかり癒りました。 兎 はこうして、目的の地に到着することができたし、ワニの親切でゆがんだ心は叩 き直してもらったし、いままた、大国主命のお陰で、身体はもとどおり丈夫になりま したので、心から感謝し、本当に喜びました。 そ して、兎は大国主命の立派さに、ほとほと感謝して 「大国主命様、あなたは大きな袋をお背負いになっておられるし、八十神の後からつ いて行かれるし、どう見てもお供としか見えませんが、あなた様こそ本当に立派な方 でいらせられます。八十神様たちは、あなた様を出し抜くようなことをなさって、先 に八上比賣様のところへ行かれましたけれども、八上比賣様はほんとうに立派なお姫 様ですから、間違っても八十神様たちのなかからお婿様をお選びになるようなことは 決してございません。後からおいでになりましても、必ずあなた様をお婿様となさる にちがいありません」 と 申しあげました。 兎 もこのときには、充分に心が磨かれておって、八上比賣の心がすっかり推察でき たものと見えます。 こ ういうわけで、八十神たちは、いろいろと術策を弄して、先に八上比賣の家に行 かれて 「八上比賣様のお宅はこちらでしょうか。われわれは天照大御神の一族ですが、あな たが日本一のお姫様だということを聞いて、はるばるとまいりました。われわれは三 年五年と、それぞれ信ずる道に向かって修行をしてきました。どうぞ、この中からお 婿様をお選び下さい」 と 、勢い込んで仰せになったにちがいありません。 と ころが、八上比賣は、八十神たちのお顔をご覧になって 「私のような者を、そんなにおっしゃっていただくことは、まことにありがとうござ いますが、私はあなた方のところにお嫁に行くことは、お断りいたします」 と 、きっぱりおっしゃいました。 こ の言葉には、八十神たちは定めし憤慨なさったことと思います。そして 「われわれは、道もなく、宿屋もないところを、はるばるやってきたのです。それな のにあなたは、そんなふうにあっさりお断りになるのですか」 こ う言って、詰め寄られたにちがいありません。 し かし、日本一の八上比賣のことですから、八十神たちのお顔にあるところの濁っ た光をご覧になっているにちがいないのですから、問い詰められて 「天照大御神様のご一族でいられるのなら、あなた方のお顔は、八俣遠呂智( やまたの おろち) を退治なさったときの建速須佐之男命様のようなすがすがしいお眼をしてお いでになる方ばかりでと思いましたら、そうではなくて、八俣遠呂智と思われるよう な怖い目つきの方ばかりでいらっしゃいますから、お断りいたします」 と でもおっしゃったのでしょう。 し かし、八十神たちも、それくらいの返事では承知なさらないので、ぎりぎりのと ころまで、話が進んでしまいました。 そ こで、八上比賣は、はっきりと、つぎのように仰せになりました。 「皆様のように、どんないろいろな技をご修行になっても『嫁取り競争』というよう な、この上もない大事な真面目な旅行にお出かけになるのに、その旅行に必要な道具 を、ご自分でお背負いにならないような方は、本当に真面目な人とは思えません。 それにひきかえて、大国主命様は皆様の嫌がる荷物を全部お引受けになって、どう見 てもお供としか見えないのに、平気な顔をして、しかも、いつも皆様より遅れて、ひ とりでおいでになっております。 それだけではありません。 皆様は稲羽の兎にお会いになって、何をなさいましたか。あの兎は後悔をして、泣 いて祈っておったのであります。ワニすら、その兎を殺しはしませんでした。それな のに、皆様は兎をおからかいになって、慰みものになさったでしょう。大国主命様は それを後からおいでになって、親切にお治しになってやったのでございます。あなた 方は、不真面目な呑気な方々で、まだ本当に立派とは申しあげられません。 ですから、できることなら、私は大国主命様のような方のところのお嫁入りしたい と思います」 この八上比賣の言葉に対して、八十神たちは、一言も弁解できなかったことと思い ます。 「日本一のお姫様は、なかなかしっかりしたものだな」 というようなことを話し合いながら、お帰りになったことと思います。 このようにして、大国主命と八上比賣との間に、婚約が整ったのであります。